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zoom RSS 工藤舞さん、お誕生日 2013

<<   作成日時 : 2013/07/18 22:55   >>

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7月18日、元Ruppina+のVocalistであり、現在はパチドルとして活躍している、工藤舞さんの誕生日ですね。



 「舞」こと、工藤舞さんが7月18日に誕生日を迎えました。


 (工藤)舞さん、お誕生日おめでとうございます!


 舞さんは1984年生まれなので、今年で、29歳になります。


 私が、Ruppina及び「舞」のファンになったのが、2003年9月発売の、RuppinaのMajor時代の2枚目のMini Album「RuppinaU」頃でした。そこから、10年になりますね。

 舞さんが、歌の道を歩み始めたのが、17歳でRuppinaの相方の安田史生氏と出会ってからです。そこからだと、12年目になる訳ですね。


Ruppinaと出会ってから、もう10年ですか。あれはもう10年前ですかあ・・・

TSUTAYAだったかな?CDジャケット見て、有坂来瞳さんそっくりできれいな人だなあと思って、CD聴いてみたらとてもきれいな声で、そこからファンになりました。

Ruppinaの初期はとてもいい雰囲気で楽しかったですね。
そのRuppinaのconcept Albumで、PVに出演していたのが、高杉さと美さんでした。ここでも、かわいい子だなと思いました。

まあ、Ruppinaと出会わなければ、高杉さと美さんを知らなかったかもしれません。間接的には、葉月ユウナさんやMizcaさんも知らなかったでしょう。


何はともあれ、10年ファン?をやっているというか、なんだかんだで舞さんの芸能活動が10年経ったことに、改めて驚かされます。あの時、19歳の女の子が、29歳の女性になっているんですからね。




 さて、冒頭で「元」Ruppina+と、敢えて書きました。
 それは、もはや舞さんは歌手ではなく、パチスロアイドル(パチドル)としての活動がメインだからです。

 それは、今から3年前の2010年に、喉の不調により歌えなくなってしまったからです。その後はパチドル専業状態になりました。

 しかし、2011年末に、パチドルでのユニット「Baby Rock」名義でCDデビューを果たしました。
 その後、再び喉の不調を訴え、その治療を優先するため、現在は歌手活動はお休みです。


いままで、このブログでいろんなArtistやアイドルに関して書いてきました。

前半こそは、Ruppinaおよび舞さんの不手際やどんだけ問題があったかを書いてきました。
しかし、いまではこんなにすごい人はいないと、ある種の尊敬の念で観てます。


それこそ、舞さんの『自分は歌手である』という執念は凄まじいものだと思いますよ。

それを観れば、他のArtistさんやアイドルさんは、いとも簡単に夢をあきらめたり、投げ出したりしてますよね。


ここでメインに書いている、工藤舞、高杉さと美、星村麻衣、葉月ユウナさんは、この点において凄まじい執念の持ち主だと思います。この4人に共通しているのは、強靭な精神と持続力ですかね。何があっても、目的(芸能活動)を続けようとすること。1つのことを7年以上続けるのって、大変なことですよ。

そりゃ、売れっ子のArtistさんのように、活動は順調でなく、コンスタントに続いてきたわけでもなく、途中何度か断絶があったのも同じです。しかし、その度に壁を越えて、不死鳥のように復活してきました。


正直、いろんな芸能人が「皆さんの為」とか「ファンの為」とか言っているけど、あれは半分は嘘だと思いますよ。ファンよりも、自分自身がやりたくなかったらやらないよね?そう思います。


それで、舞さんは「皆さんに歌を届けたい」とかいつも仰ってきました。確かに、我々ファンは舞さんが歌ってくれることは望んでますけどね。
何より、舞さん本人が歌いたいという気持ちがなければ、ここまで執念を持てなかったと思います。

別に、高い金を払って、時間をかけてまで、喉を戻す必要はどこにもなかったと思いますよ。それでも、歌手でなければ普通に生活できるのですから。
でも、そこまでしても、治したいというのは、執念以外の何物でもなかったんでしょうね。



でも、パチドルになりたての頃から、唄えなくなるまでの間は、悪い意味で「歌手である」という意地を張って、パチドルであると認めようとしませんでした。それで、歌手としてもパチドルとしても中途半端でした。

しかし、そんな並行生活がうまくいくはずもなく、遂に喉を傷めて唄えなくなってしまいました。(それ以前から喉に問題を持っていたようですが)


そんな舞さんを変えたのは、現在の相方の愛田笑子さんのおかげだと思います。そして、愛田さんを含めたジャンバリの関係者のおかげだと思います。最初は、こんな因果な世界に入ってしまった大丈夫かな?と思いましたが。


RuppinaのIndies時代は、結局は尽力してくれた北海道のAIR-G'の関係者を裏切る形になってしまいましたが。最初に発表した音源を、リリースできなかったことが、すべての失敗だったかと思います。

また、その過程で、Indies Ruppinaの結成時に、安田氏がすでに主宰していたEOH(エオ)を結果的に潰す形になったのは残念でしたね。でも、EOH以上の活動ができるかと思えば、そうでもありませんでした。

CDはなかなかリリースできない、代わりにLIVEをしましょうと言え、同じ箱で月1〜2回で同じことの繰り返し。インディーズゆえの苦労はあったとはいえ、その非積極的な活動は、ファンを失望させていきました。


その頃は、舞さんは歌うことに真剣になれず、ファッションとか他のことに目が向いてたようです。知り合いのつてでファッションショーに出演したことで、勘違いを加速させました。それが後にパチドルへの転身に繋がるんですよね。

まあ、歌えなくなってから後悔しても遅かったということですね。


その紹介者が籍を置いていたのが、いまの舞さんの所属事務所だったんです。

それで、何故かパチドルになってしまったのです。その頃、イベントコンパニオンをしていた現相方の愛田笑子さんもスカウトされたらしく、2人で「Baby Rock」というユニットを組んで、パチドルdebutしたのです。


パチドル以前のRuppinaおよび舞さんは、ある種過度に神秘化されたような存在でした。まあ、ファン側の勝手な理想や妄想かもしれませんが。それは、いままであまり本性を見せなかったのもありますが。
声がきれいで、美人で、性格がよくて、しっかりしててとか。


それが、パチドルの番組を見て、口は悪いは、態度は良くないは、気性が激しいはで。アレ?という感じでした。まあ、Indies時代からその片鱗はありましたが、そこまであからさまに見せつけられたのはね。

でも、パチドルの仕事が、初めて、舞さんが歌手以外で認められた世界だったのかもしれません。本性を見せても、要はパチンコ、パチスロが打てればいい訳でね。


そんな中で、次第にパチドルとして成長していきます。

結局、与えられた環境の中で最大限に努力する。そういうことなのかもしれませんね。



パチドルとして頑張って、それなりに成功した?ので、歌手デビューできたのでしょうね。


そして、パチドルユニット「Baby Rock」として、CD Debutすることができました。
その矢先に、また歌えなくなってしまったんですけどね。

舞さん以前に、愛田さんが喉のポリープ手術を行いました。これが、舞さんが喉の手術をするのに踏み切らせたのかもしれません。

一応、喉の手術自体は成功して、経過も良好らしいのですが・・・
しかし、まだ本格的に歌手活動をするには遠い感じですが。まあ、最近はその経過報告がないのが、気になるところですがが・・・

まあ、私自身としては、舞さんが二度と歌えなくなっても、それはそれで仕方ないと思ってます。まあ、でも舞さんは執念と言うか、歌うために生きているような感じなので、無理してでもやろうとするでしょうがね。


でも、この件に関してはもう焦っても仕方ないですし、歌手活動ができるまでは見守るしかないでしょう。長いスパンでも良いと思いますよ。

近いうちか、遠いうちかはわかりませんが、少しでも早く、また歌えるようになって、新曲を出して欲しいです。

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